指導に活かす!スペシャリスト講座」
「なぜ食べるかを心理学から考える」
~食環境の影響~
山中 祥子
・松本大学 人間健康学部 健康栄養学科 准教授
・博士(心理学)
はじめに
食行動の変容に栄養や健康に関する知識や意欲は大事ですが、たとえ知識があっても錯覚のような外的な要因によって食べすぎてしまうという例を前回紹介しました。
知識や意志の力だけで行動を変えることの難しさを、さらに実感してもらえたのではないかと思います。また私たちの食行動は物理的な要因だけでなく認知的な影響も受けており、この影響も侮れません。
私たちの認知(考え方や物事の捉え方)にはちょっとしたクセ・歪みがあり、これらを利用したものがナッジ(nudge)による行動変容です。
今回はこのようなナッジの考え方に基づき望ましい行動を促進・継続するためのコツについて一緒に考えてみたいと思います。
「しないこと」に集中しない:代替案を決めておく
意外にも(?)最も確実に、そして無理なく行動を変えるには「習慣化する」ことが一番です。
認知を司る私たちの脳は、実は選ぶことよりも同じことを繰り返すだけでよい、何も決断しなくてよい「習慣」の方を好みます。
なぜなら同じことを繰り返すほど便利で楽なものはないからです。
おそらく毎日の歯磨きが苦痛という人は少ないでしょう。
これは歯磨きが習慣になっているからですね。
したがって同じように望ましい行動も「習慣化」すれば苦にならず、継続できるというわけです。
多くの場合、望ましくない行動から望ましい行動に変えようという場合にやりがちなことが「〇〇しない!」という目標設定かと思いますが、これは失敗しやすいのでお勧めできません。
なぜなら「しないことに集中する」ことは、抑制の逆説的効果を生じてしまうからです(引用文献1)。
つまり何かをしないようにするためには、その対象に対する考えが生じたときにそれを即座に認識する必要があり、そのためにはそのような考えが生じていないか常に監視しなければなりません。
言い換えれば、常に避けようとすることを逆に心に留め、考え続けることになってしまうのです。
例えば、「ドーナツを食べないようにしよう」とすると、常に頭の中で「ドーナツ」が意識された状態になります。
これではドーナツがますます食べたくなってしまいますね。
したがってこのような場合、「ドーナツを食べない」ではなく、「ドーナツを食べたくなったら、リンゴを食べる」のように代わりに何をするかという代替案を決めておくとよいのです。とはいえ、ここで最も重要なことは「どのようなきっかけ」でドーナツが食べたくなるのかを明らかにしておくことです(第2回 行動の鎖を思い出しましょう)。
きっかけが「小腹がすいた」であればドーナツをリンゴに変えることは、「小腹を満たす」という欲求を満たすことができるのでうまくいきますが、きっかけが「嫌なことがあった時」で、ストレスを解消したいという欲求を満たすためにドーナツを食べているのであれば、この代替案ではうまくいかないでしょう。
どのようなきっかけで、またどのような欲求で、自身の変えたい行動が生じているのかを理解することが、行動変容の成功率を上げるカギになります。
コミットメント:将来の自分を縛っておく
残念ながら多くの場合、自分自身の行動をコントロールすることは容易ではありません。
例えばダイエット中に仕事で会食に行かねばならないという場合、実際に会場に行く前は「デザートは食べずにおこう」と思っていたとしても、実際に会場で魅力的なデザートの数々を見たら…この状況で最初の目標通りデザートを食べずにいることはかなり難しいでしょう。
誘惑に負けずに決めた行動を確実に実行するためには「実行意図implementation intention」をはっきり示すとよいことがわかっています(引用文献2)。
これは行動経済学ではコミットメントといいます。前もって将来の選択肢を決めておき、その後の選択を容易にする、言い換えれば将来の自分を予め縛っておくという感じです。
この時大事なのは、実行しようとする行動について、「いつ・どこで・どのように」と具体的かつ明確に家族なり友人なりに宣言することです。
宣言することは将来の行動の約束につながり、行動の実行に責任が生じることはもちろん、さらに人には自分の言動や態度、信念に一貫性を持たせたいという特性があるため、宣言と一致する行動を取りやすくなると考えられるからです。
例えばインフルエンザワクチンの接種促進を目的とした研究(引用文献3)では、参加者に対するワクチン接種日の通知を①提供日のみ掲載、②提供日の情報に加え、スケジューリング用に接種希望日を書き込むフォームを設けたもの、さらに②の条件に希望時間帯まで書き込むフォームを設けた③の三つの条件下で実施したところ、最も具体的に選択肢を設定した③の条件でワクチン接種率が最も高くなりました。
また単に宣言するだけでなく、もし失敗したら罰金を払う、またはデポジット方式で前もってお金を払い、成功すれば返してもらえるという状況にすると、より効果が高まることを示した研究(引用文献4)もあります。
この研究では減量を目的としたプログラムの参加者を統制群(特に制約なし)、介入群(毎日3ドルお金を預けることを義務付け、積立を行い、参加期間中に減量目標を達成できていれば2倍になって戻ってくるが、逆に達成できていなければ預けたお金を全て失う)の二群に分け、減量効果の比較を行いました。
その結果、介入群の参加者の方が統制群の参加者よりも4ヶ月後時点での体重減少率が大きかったことが示されたのです。
これは人が損失を嫌う特性を利用した行動促進の成功例です。
このようなナッジの考え方を利用した行動変容の試みは近年、多くの分野で積極的に取り入れられています。
私たちの認知に歪みがあるというのは時に困ったこともあるのですが、一方でうまく利用することで従来の「がまん」や「意志の力」に頼らずに、効率的に行動を変えることができる可能性もあります。
そこで最後に私たちの認知の歪みを利用した行動変容のためのフレームワークの一つであるFEAST5)(表1)を紹介したいと思います。
Fun, Easy, Attractive, Social, Timelyこれら5つの要因は、理論上は私たちの行動を引き起こしやすく比較的容易に行動を変えることに(引用文献5)。

<引用文献>
1)Wegner,D.M.(1994).Ironic processes of mental control. Psychological Review,101,34-52.
2)リチャードセイラー、サラ・キャスティーン(2022),遠藤真美訳.Nudge実践行動学完全版 日経B P
3) Milkman, K. L., J. Beshears, J. J. Choi, D. Laibson, and B. C. Madrian, 2011. Using implementation intentions prompts to enhance influenza vaccination rates. Proceedings of the National Academy of Sciences 108(26), 10415‒10420.
4)Volpp, K. G., L. K. John, A. B. Troxel, L. Norton, J. Fassbender, and G. Loewenstein. (2008). Financial incentive-based ap- proaches for weight loss: A randomized trial. JAMA 300(22), 2631‒2637.
5)竹林 正樹・甲斐 裕子・江口 泰正・西村 司・山口 大輔・福田 洋. わかっていてもなかなか実践しない相手をどう動かす?-身体運動・運動促進へのナッジ- 日本健康教育学会誌(2022)30-(1)73-78.





